人から責められているように感じている時に、自分を信じて、すっきり前に進む方法
いろんな人がいろんなことを言う中で、どう折り合いをつけ、自分を信じて前へ進めばいいだろう?
セルフコーチングのやり方が、喜んでもらったので、やり方シリーズ。
なんか、本格的に情報発信って感じがするねw ふふふ。
< 前提 >
1 自分はできることでベストを尽くすしかない。
⇒ 出来ないことはできないので、
ベストを尽くせばそれでよし。
反省点があれば、次に改善したらいい。
あとはそもそも無理なので、落ち込まないと決めること。
2 答えは自分のなかにしかない。
⇒ 100万とおりの答えがあります。
何を信じても良いし、信じなくても良い。
答えを選ぶ権利が自分にはあります。
きっとそれは違うという人も、
それで良いというという人も、世の中には無限にいるからです。
3 自分を傷つけられるのはわたしだけ。
⇒ 本質的に、自分を傷つけられるのは、自分だけです。
自分の信念や、おそれ、思いこみに、
ひとの言葉がひっかかって、
反応するからです。
お金持ちに、貧乏といったって傷つかないのです。
どこかで、そうかもって言うことを思っていて
それを見せたくないかくしたいっていうものが
露呈したら自分が恥ずかしくなって、
自分が苦しくなったりしています。
4 人に責められれいると感じる=自分が自分を責めている
⇒ 自分が、その人を利用して、自分を責めています。
たとえば、Aさんは自分のことを、いつも時間を守らない
信頼できない人、といっているとします。
そして、自分が自分自身に対して、時間って守らなくて
いいよね、てそもそも思っていると感じているとします。
そのとき、Aさんの存在で、気持ちが重いとしたら、
どこかで、時間を守れない人は信頼できない人である、という
という思い込みが、自分にあって、
時間を守れない自分はダメなんだじゃじゃいかと、
おそれている自分がどこかにいます。
そのおそれている自分の言葉を、Aさんが代弁してくれて
いるだけなんです。
では、ひとから責められていると感じることについて
どう折り合いをつけて前へ進めばいいでしょうか?
ここに3つのステップをかきます。
1 人に責められているということに対して、
自分視点からとらえなおす。
他人には全体像はみえません。
自分からみたらどうだったのか、を常に捉えなおす
必要があります。
『あなたってAのときBしてたけど、あれは間違っていたと思う』
って言われたとしたら、
自分なりにどうだろうって考え直します。
Aのとき、どんな状況だっただろう。
そのとき、Bを選んだ理由はなんだっただろう。
結果どうだったんだろう。
間違いがあったとしたら、何がどう間違っていたのだろう。
そもそも、本当に間違いだったのかな。
とかとか
自分視点でみたときどうなのかをもとに、検討します。
人からの言葉そのものをそのまま受け入れると、
何をどう反省したらいいかわからないのに落ち込むという
おかしなことになってきます。
2 そもそも、自分はどうありたいか?
その人が責めていると感じることが、
そもそも自分があろうとしている姿だったりします。
(1)自分のありたい姿を責められていたとき
そのときは、より自分を生きるチャンス。
過去の自分が、目の前の人として現れて、自分の迷いを
教えてくれています。
せめられていると感じることは、自分の迷いです。
社会が、家族が、一般的には、常識的には、
だめなんじゃないか?ってどこかでおもっていたのです。
ああ、迷ってたんだなーって、ただ感じて
受け止めてみます。
(2)ありたい姿じゃなかったものを責められたとき
自分からずれていることを、教えてくれたってことです。
ああ、ずれてたなーって、ただ感じ、受け止めます。
3 じゃあ、どうしたいか?
これからどうするかを決めます。
行動を決めたら、もう責めないって決めます。
2で(1)の時は、より自分を迷いなくすすむと決めます。
(2)の時は、軌道修正のための行動を選びます。
そのあとの流れは、
前にかいた、コーチングの流れにそって、
自分のこたえをひきだしたりします。
おしまい♪